はじめに、今回エルブレー・シュル・セーヌ市における私の展覧会を企画して下さった、エトランジュ・ギャラリーのラファエルとフレデリック夫妻に、また開催にご協力下さったすべての方々に深く御礼申し上げます。

私がフランスで日本人画家として現在に至るまでの歴程を説明するとき、幼少期また青年期に感じた二つの「予感」について語らざるをえません。

私の最も印象深い幼少時代の思い出の一つに、父が暇さえあればフランス絵画の画集を見ていたという事があります。私にフランス文化を教えてくれた父の画集が、最初の「予感」の引き金になったのではないでしょうか?

もう一つは、高校時代、美術の先生の下で美大受験の準備をしていた頃のことです。先生は当然、受験に成功するために必要な技術を指導して下さっていました。ところが私はアカデミックな受験勉強には馴染めず、むしろ自分の好きなように絵を描きたかったのです。そのため、時に先生と口論になり「おまえのような性格なら、フランスに行った方が良い絵が描ける。」と冗談混じりとはいえ言われてしまった事でしょうか。

あれから私は、印象派が新しい絵画の道を切り開いた国、フランスに学び、そして仕事をするようになりました。シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断して、「芸術の都」パリに着いた日から45年が経ちました。パリの美大で6年間学び、その間ルーブル美術館に頻繁に通うようになると、まるで父の画集の中を歩いているような懐かしさがこみ上げて来たのを思い出します。

度重なる「予感」の中で感じた光のイメージによって、私は色彩にとても敏感になりました。私がしばしば色彩の断片が脳裏を駆け巡るのは、おそらく60年前に父の持っていた印象派の画集を見て、その色彩達の美しさに心を奪われたからだと思っています。私は、絵画にとりテーマは確かに大切ですが、それ以上に色彩の構成が重要だと思っています。そのため、私は時々カタログを逆向きに見たり、絵を描いている時は、あらゆる角度から作品を見るようにしています。

現在の自分の絵画制作においては、色彩達の言語とその動きが絵画の命そのものであると確信しています。私が写生で集めた色彩達は、私の筆の動きにリズムを与えてくれるのです。私はこれを「色彩ムーブメント」と名付け、この旅を続けています。

私が描きたいのは、例を挙げればアントワーヌ・ヴァトーの絵画『シテール島への巡礼』を吹き抜ける微風であり、またゴッホの『カラスのいる麦畑』を吹き荒れる激しい風なのです。

また例えば今日は、エチオピアの宦官が、楽しそうに旅を続けている二千年前のイメージが頭に浮かびます。豊かさに溢れた明るい色達が混ざり合う完全な光とともに、フィリポをガザへの道へと連れて行った、平和の風が吹いているのです。

それは私の心が描こうとしている風が、父が残してくれた美しい本をめくり続けているかのごとくに。

髙橋 一昭

Etrange Galerieでの展覧会 Etrange Galerieでの展覧会